しんざんの、みんな仲良し映画評!!

ほんとうは仲良しとは程遠い、あまのじゃくな映画評、映画批評、映画評論ブログ 全部ネタバレ。またあまのじゃくゆえ、人によってはまったく受け付けないものもあるよ。もちろん、こっそりオススメもあるよ。

「アベンジャーズ」パイを競い合うどころか海の猿に全滅させられるのに待ったをかける

「アベンジャーズ」

劇場公開日



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今夏(2012年夏)の洋画で目玉は、まあ、「ダークナイト・ライジング」「プロメテウス」「マダガスカル3」そしてこの「アベンジャーズ」

ところが、観客動員数は開けてみれば、「テルマエ・ロマエ」の勢いを受けてそのまま「海猿」の圧勝となり、「ダークナイト3部作」が完結しようとも、そして先々行上映という、ガックリな商法にいかざるを得なかったエイリアン前日騨という「プロメテウス」があろうとも、夏もひょっとしたら秋も伊藤「悪の経典三池」英明さんに完敗、と言う結果になりつつある。

しかし、よくよく考えたら、これらを目玉と思っているのは、映画オタだけなのかもしれないよね。あ、「マダガスカル3」は未見だが、がんばってほしいね。理由は特に無い、柳沢さんが好きいうぐらいで。

さて、そうしたなか、この「アベンジャーズ」の売り文句。
「日本よ、これが映画だ」

まあ、書いてるのが、配給会社なんで、別に日本を蔑視してるわけではなく、ただ普通に本作を売り込んでるわけで、実はこの「海猿」一人勝ちを予見しての大勝負の売り文句ではないか、とも思えてくる。そして、その中身は間違いなく、興行収入において、「海猿」にケンカを売れる十分な出来栄えとオレは本作を見てそう思った。これぐらい言わなきゃ面白くないし、これぐらい面白い。

だからこれぐらい言ってしまえ!

前の「アメイジング・スパイダーマン」でも書いたが、アメコミ・ヒーローは全然知らない。今回本作を見るに当たって予習したのは、「キャプテン・アメリカ」と「マイティ・ソー」だが、「キャプテン」は寝てしまい、実質「ソー」だけである。
で「ソー」は豪華キャストということよりも、オレはこのソー様をすっかり気に入ってしまったが、「アベンジャーズ」ではアイアンマンに独占され、その神力が半分以下で活躍するんだろうな、とは思ってた。

まあ、実際、ソー様1人でやれるっちゃやれんこともない敵で、神力は半分程度しか発揮していないだろうが、、特に人気のアイアンマンに集中することなく、きちんとハルクのその他の活躍はあった。もちろんハルクの性格などオレはしらないし、思い入れなんかないが、それでもグッとくる活躍を十分感じさせてくれる。そもそも制御不能ってのがいいじゃねえか。

キャプテンは力がないが一番無茶をするリーダーでまあ、リーダーの適正があるかは、軍の生え抜きと時代の順応性と宇宙最強の盾のおかげでしかないようだが、そこは部下が大人になった、と言うことにしておこうか。見た目も若いし。

アクションはホント素晴らしい。今回の3Dも「トランスフォーマー」で感じたようなとっても3Dがよく感じられる演出だったと思う。

特にアイアンマン。やはり3Dとメカの相性はいい。

ボディとか前面に出て、奥行きが綺麗に感じられる。確かにアクションは「トランスフォーマー」まんまっちゃまんまなんだけど、堂々とそういうみせ方をしているんだから、すごかったから許すっ、てのでいいんじゃねえのかな。

確かに2時間30分は長い。3Dで目はやられる。

しかしそれでも「これが映画だ」ってぶちまけた配給会社の心意気が感じられる、誇れるデキになっている。


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「マッドマックス 怒りのデス・ロード」「サンダードーム」支持派のオレが本作を語る

「マックスがMADだったのは、1作目だけだ」

まずこれだけは言っておく。

ほら、MADでしょ?
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目もそうなんだけど、口がMADなんだなあ
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これはこれでヤバい
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「サンダードーム」評でも言ったが、「MAD MAX」は世界観の継承、これが第一。

次に、主人公マックスは常に、巻き込まれる側。

そして、「なんだかよくわからないが、すげえ奴がいた。」という立場で語り継がれる世紀末救世主伝説、の男であること。


「MAD MAX 怒りのデス・ロード」

まず、本作、その世界観をうまく継承している。

「サンダードーム」の秩序あるバータータウンがあった一方、暴力に支配された別の町での出来事が本作、という位置づけ。いくつかの設備や、車の「とっても無駄な」装飾、そして「産むことの重要性」など、「サンダードーム」から時間がたっている、という世界観。だけど、白塗りとか、結構地続きかもよ?

「サンダードーム」より
2からの時間経過が、衣装や秩序だった雰囲気、車の機能のみのフォルムなど、随所にみられる

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この衣装も結構好き
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マックス、トム・ハーディもとてもいい。というか、マックスの設定がこれまた、とてもいい。今回も「サンダードーム」の長髪が中盤でバッサリ切られるのと同様、映画開始後、中盤でようやくマスクが外され、マックスのキリリとした素顔が現れる。うん、かっこいい。

「サンダードーム」からの反省、といえば、あえて言うなら、極悪ボスと色気、かもしれないが、今回気持ち悪いイモータン・ジョーと、ものすげえキラキラした美女が登場し、そこは見事にクリアしている。

だが、オレはミラーが「サンダードーム」を嫌っているとは全く思っていないけどな。子供が美女とババアに変わっただけだし。

そうそう、ババアの種もみ!!これが「北斗の拳」ファンとしては今回一番グっときたねえ!

八方塞がりな世界からほんのわずかな希望に賭ける、しかしその希望も果たして、といった「どうしようもない世界からの、だめかもしれないけれど、飛び出してみる」という2,3作共通のテーマも健在で、今回はフュリオサが、物語を引っ張ることになる。セロンもかっこいい。「長身」というのがまたいい。片腕の理由が語れないのもいい。

マックスはいつでも、はじめは無関係であろうとする。だが3作共通の、人々のそういう思いが、マックスを突き動かす。いつだって裏方なのだ。それでいい。なぜなら、

「なんだかよくわからないが、すげえ奴がいた。」

これである。だからマックスはカッコいいのだ。

とここまで褒めまくったが、「MAD MAX」ならでは、の不満も結構ある。

1)往年の地を這うようなカメラワーク、あの早送りのカメラが少ない

たしかに砂漠ゆえ、アスファルトを走っていた1、2作のあのカメラは合わないかもしれないが、最初ちょっとあっただけ。うーん、あれこそ「MAD MAX」な絵なんだけどね。

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2)キャラがもう一人足りない

そう、2作目のウェズ、3作目のアイアンバーみたいなやつ。

コイツがアイアンバー
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どうかしてる
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3)ラストは、マックスの立ち絵で幕、じゃねえとなあ。
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マックスがタウンに残る理由はない。しかし、あの去り方はちょっとないなあ。

追記

あと、往路と復路のアクションにもうちょい、変化が欲しいよな。「戻る」という展開はまあ、よい。「絶望」からの「一縷の望み」だからね。だけど、絵が代わり映えしなくなるんだよね。

「MAD」のインパクトが薄れている。

あと、そうそう、あれがない。車と車(バイクでもいいよ)の正面ドーーーーーーンがない。

正面ドーーーーーーン、悪役ドアップ付で次回作はお願いします。


追記2 

7月1日に2回目、観たよ、今回もIMAX3D。2回目の方がキャラクターをきっちり追える分、面白く観れた。名前忘れたけど、ニュークスの槍友?、ニュークスもだけど、アイツもアホで楽しい。

「怒りのデス・ロード」より
貞操帯に、歯が!、っておもろいけど、ここまで凝ると世紀末ぽくなくなるな

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でも、美しいんで、いいです
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「怒りのデス・ロード」より
マックスは、2、3作目も人を担いでるんだよね。1作目は忘れた。。
ほか、2作目はオルゴールとかもあったね
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「百円の恋」 自信と挫折の繰り返しこそ人生の機微だと謳ってるはずなのになあ

「百円の恋」

果たしてこのタイトルが、この映画の着地点にふさわしいかはちょっと、という気もするが、登場人物は確かにみんな百円。

引きこもりの一子は家の中では堂々と引きこもっている、まさに暴君。でもとっても恐ろしい姉妹喧嘩の果て、家を出ることになるが、待ち受けるは、一子以上に頭がおかしい世界だった。

序盤の家族崩壊と、コンビニのキツイやつら、それに安藤のもう生理的に気持ち悪いルックスに吐き気をもよおすこと必至。しかも画面画面の情報量が、吉田恵輔監督作のように、みっちりとつまっているため、画面からの圧力がすごい。

安藤扮する一子のキモいルックスが、申し訳ないがこっちが本気でパンチ食らわせたくなるほどで、堕ちていく姿に「当たり前じゃ、ボケ」というのと、「ああ、もう見たくない」の両ばさみが結構キツイ。特に動物園デートとかがかなりやばい。


あ~、パンチくらわしてえ
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この前半は作り手の良心を疑う、というか、正直、あんまり露骨に描いてほしくないなあ、と思った。現実は夢も希望もない、という代表のコンビニババアの描き方とか、もうちょっとオブラートできなかったものか、とも思う。

この映画、ここからの奮起、となるわけだが、一子のボクシング技術の成長過程と、その性格の変化は確かに気持ちいいものがある。特に一子のダンスにも似た、美しいシャドーボクシングシーンや、初試合の入場までの「自信に満ちた」長回しスローモーションは、感動すら覚える。

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しかし、だ。

相手の圧倒的な強さに、その美しさを持ち合わせた動きと満ち満ちた自信はもろくも崩れ去る。開始早々、足はバタバタになり、ガードは下がり、クリンチのみに終始する。

この「強者を目の当たりにしたときの、あっという間の人格の後退と自信の崩壊」こそがこの映画のキモ。

一子は勝ってはいけないのだ。

強者こそ人生、他ならないからだ。

もっと言うと、ワンパンチすら当てることも出来ないのでいいのだ。

その頑張りは、ダメ元カレのほんのちょっとの前進を促す。それだけでいいのだ。

「悔しい」という一子の思い、「頑張るやつを応援するすることが出来た」彼氏の思い。それが二人にとっての「現時点での幸せ」をかみしめる瞬間だからだ。

ファイトシーンのスローモーションは、バカじゃねえか?と。映画の価値を一気に押し下げる愚行。

ぎりっぎり土壇場で評価は下げざるを得ないのは、うーん。

「悔しい」

追記

コンビニババアとか、神経を病んだ店長とか、32歳の処女への暴行とか、の凄惨なエピソードと、一方の、自分で髪を切るとかのなんだそれ?の演出や、全編にわたっての、しょうもない小ネタとかが、逆に作り手の「自信の表れ」と「自信のなさ」が表裏一体化している、とも見える。

そういう意味では、うーん、人生だなあ、ってちょっと思った。

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「シェフ 三ツ星フードトラック始めました」 自分がアイアンマン始めました

!!激しくこき下ろしてます!!

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ジョン・ファブローといえば、「アイアンマン」。


そして忘れてる人ばかりだが、「カウボーイ&エイリアン」。
この映画を知っていると、本作の見どころは変わる。

ファブローはホフマン演じるオーナーに言われるままにやったら、批評家にケチョンケチョンにこき下ろされた、などと、まさしく「カウボーイ&エイリアン」の不出来を逆ギレしている。ホフマンもその大御所Pの監督作の大駄作とされるアレに出ているもんだから、この二人のやり取りは確信犯である。

たとえそうでなくとも、このやり取りはかなり不快。いや別に大御所を擁護しているわけではないが。

「アイアンマン3」を断ったのか、逆なのか、まあ、それはどうでもいいとして、本作、やっぱり「アイアンマン」な映画。

ファブロー演じる主人公はSNSがうまく使えないが、ガキはうまく使える。コンピュータやモバイルとの親子関係は「リアル・スティール」などでもあるが、

「オレの友達すげえだろ?」

な若干鼻につくキャスティング自慢に我慢は出来るが、挫折からの奮起など、とっても適当。本来持っている能力以外でがんばったのは、トラックの掃除だけという。そのトラックも、ダウニーが用意したくせになぜか汚い、という。「オレ、努力してるぜえ」がやりたいだけの適当設定に感じる。

とにかく自分、自分。自分こそがヒーロー。だから友達も子供も元妻もついてくる。まるで「カウボーイ&エイリアン」の失態はオレのせいじゃないよ、と心の声が聞こえてくるほど声高。

最後に「アイアンマン(鉄板男)になりました。」というオチ。

一番面白かったのは、元妻。

バカ感とセレブ感と尻軽感といいママ感とそして縁の下の力持ち感。この元妻がいてこそ、この映画の終始自己主張、自己弁護の気持ち悪さ感を笑って過ごせる。

追記

「オレは料理人だ。焦げたものは出さない!」

ファブローは息子にこう諭す。ファブローの次回作に期待してみますか(本作ほめろって?)

追記2


全体的に声高なうえ、音楽までも、うるさすぎる。

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「アンダー・ザ・スキン 種の捕食」 人間って。。。_| ̄|○(はあ、ため息)

「アンダー・ザ・スキン 種の捕食」
劇場公開2014年10月4日

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!!非情のネタバレです!!




はっきり言って、地球外生命体とか、侵略者とか、いきなりポスターでネタバレしているが、そこでまず興はそがれる。おそらくは、映像表現やセリフが極端にないからの、観客への配慮なんだろうけど、申し訳ないが、そこまでしてもらう必要は全くない。

一切の情報を得ずしてみても、ほぼ理解できるはずだ。

「アンダー・ザ・スキン」

タイトルから感じられることは、

「中身」

ということだが、まさしくそういう映画だった。

最初の神秘的な映像から、「2001年宇宙の旅」という人がいるようだが、不穏な音の使い方と、その色遣いはむしろ、70年代のイタリアのオカルトムービーの雰囲気に近い。(「サスペリア」とかではない方)

実際、全編にわたって、映像は美しい風景を美しい画像ではなく、70年代風の粗い画像で展開する。また、劇中現在が舞台、と説明があるが、登場人物並びに、衣装、髪型は、スコットランドの田舎風景というより、意図的に70年代風に統一しているようにも見える。

スカーレット・ヨハンソン演じる主人公は、バイタな格好で、プルンプルンの唇を強調し、夜な夜な男漁りにバンに乗って出かける。ひっかけるのは、一人でいる男だ。複数は相手できない、というシーンもあり、そこは笑える。

ひっかかった男は文字通り、底なし沼に取り込まれる。このシーンの男の表情がとってもよく、
ああ、まあいいか、みたいな朦朧とした顔をして沈んでいく。

ここから皮をプルンと剥かれる。

直接的な絵は、剥かれた後の皮だけだが、ぐちゃぐちゃなミンチ状態のものが、加工工場へ送り込まれる、というシーンがある。単発で見るとそうでもないが、想像力を働かせると、とってもグロテスクな行為が行われていることがわかり、かなり怖い。

そんな仕事を繰り返す主人公だが、あるとき、顔面病気のブッサイク青年を図らずともひっかける。しかし、当然のように、主人公は顔面病気青年に対し、全く普通の青年のように扱う。

そりゃそうだ。グチグチのミンチにすれば、「中身」がほしいだけなんだから。

ところが、同情心か、それとも
「やっぱブサイク劣性遺伝子じゃん、こんなの食えねえよ」と思ったのか、こいつを逃がしてしまう。

まあ、ヤツにしてみれば、同情するなら、ミンチにして、っていうのが現実だろうが、さすがエイリアン、人間の気持ちが分かっていないのが素晴らしい。

それを境に主人公は「人間の女性」ばかり見るようになるのだ。自分は男をひっかけるための外見として、最高の外見の女性として活動しているが、その本質は何なのか、と。

人間の女性の、男をひっかける以外の行為として、ケーキを食うこと。そして、ひっかけて、ミンチにするのではなく、実際に男と「愛し合うこと」。

しかし、いずれも主人公の「中身」はそれに適応できる存在ではなかった。主人公の股には、それを受け入れる機能もない。

ところが、最終盤、股に対する自尊心、恥じらいが生まれていることが分かる。

ラスト、皮を脱いだ主人公は、あっけなく死んでいく。

まあ、正直、ありふれた内容で、地球外生命体が、人間になりたかったわけでも、セックスを知りたかったでもなく、

「人間って中身を見ずに、外見ばっかり観るのねえ」

からの

「人間ってセックスしか興味がないのねえ、さっさと工場に送ればよかった」

とエイリアンががっかりしながら死んでいく映画。

これをセリフなし、映像のみで語っているだけで、ほとんど深みはない。ただ、さっき言ったが、直接的な表現はないが、捕食の目的が相当怖い。70年代風イタリアオカルトの雰囲気と重なり、世界観はかなりSF。そこがとても面白い。

追記
一応触れなければならないのか?、ヨハンソンの裸について。

「キャプテン・アメリカ」が騙されたのか、「ルーシー」の時もそうだったが、モデル体型ではなかった。あるいは、子作り期だったのか、役作りだったのか。

まあ、どうでもよいけど。


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