しんざんの、みんな仲良し映画評!!

ほんとうは仲良しとは程遠い、あまのじゃくな映画評、映画批評、映画評論ブログ 全部ネタバレ。またあまのじゃくゆえ、人によってはまったく受け付けないものもあるよ。もちろん、こっそりオススメもあるよ。

「127時間」 プログレッシヴ・ロック

「127時間」
劇場公開日2011年6月18日
201508103


まあ、そんな映画だよね。




序章
紹介
伏線
事故
軽視
我慢
兆候
妄想
意識
奮闘
諦観
転機
決意
感謝
教訓
結末

タイトルつけるとこんな感じか。・・・ちょっと違うか。


やっぱり定番だけど、妄想シーンが一番面白いんだよね。水の表現なんか意外と、あったり前過ぎて、あんまり面白くない。

まったく余談だけど、妄想シーンが特になんだけど、「パピヨン」の独房シーンを思い出した。

 ←ランキング参加してます。面白かったら押してください


ランキング参加しています オモシロかったら押してください 映画評論・レビュー ブログランキングへ

 このエントリーをはてなブックマークに追加
↑ ↑ 面白かったら、押してください。

↑ ↑ 映画バカの私が、よく聞くリスニング集です。

「おにいちゃんのハナビ」 難病モノをオレ的に楽しむには

おにいちゃんのハナビ

劇場公開日
201508101

難病もの

美男美女
泣かせの演出
友情
外野の応援

本作揃ってます。

基本オレは難病モノは見る機会が無い。
理由は「泣きたいと思わないから」。

難病モノは泣かせるために存在する。
リアリティは要らない。泣かせる。かつたくさんのお客さんを呼び込む。
たとえ一部の猛烈な反感をくらっても。

それが至上の目的。

泣けたから好きな映画、と言う人はもちろんそれで大変結構なことだと思う。
世間一般はそもそもそういうところで映画を評価する。


オレには妹がいないから、妹と兄の関係とは、まるで実感が湧かない。ああいう妹ってどうだろう?ということすら想像できない。

難病モノはいつだって、その気になれないといけない。だからオレにとっては本作のハードルは高い。
でも泣けたけどね。

リアリティのことを言うんであれば、めちゃくちゃかっこいい高良健吾の引きこもりは「ナシ」。でも役作りにがんばっているのは十分伝わる。服装や髪型、視線、声の張り方などインとアウト、ビフォーとアフターのルックス変更もよくされている。

あんなにバカみたいに生命力のある妹が不治の病、そのままの精神でコロッと逝くのも本来は「ナシ」。しかしそんなリアリティは本作のターゲット層は誰も求めていない。高良健吾の引きこもりは「綺麗な絵になる」からOK、谷村美月のかわいくて元気な、不治の病をひとっつも抱えているようには見えなくても「その後のドラマのため」だったらOK、なのである。

まあ、映画ですから、ね
201508102

その点に関しては、主人公2人の演技は最高。めちゃくちゃかっこいい引きこもりが、めちゃくちゃ元気でかわいらしい妹を失ったとき、奮起して妹の思い出を胸に妹との約束を守る、と言うお話に1点の曇りも無い。

そのお話に食いつける人は間違いなくイケる映画。

追記
「おにいちゃんの」とYAHOO検索したら、まあ、でるわ、でるわ。おにいちゃん鉄板ですね。

 ←ランキング参加してます。面白かったら押してください


ランキング参加しています オモシロかったら押してください 映画評論・レビュー ブログランキングへ

「きっと、星のせいじゃない。」 余韻を求めてはいけない「ラブストーリー」

201508081
原題「The Fault in our Stars」

まあ直訳すると、「運のせい」。
邦題「きっと、星のせいじゃない。」。

真逆である。


映画を見ると分かるが、オープニングからそのタイトル文字の手書きでポップな文体から


「運のせい」=「他責、自分は悪くない、自分は不運の星に生まれた」


という直訳をそのまま受け止めるのではなく、その先にある、


「運のせいではない、自分たちによるもの(気持ち、努力)なのだ」


いう内容の映画なのだろうな、とおおよそ推測ができる。つまり邦題は真逆ではない。ただし「きっと、」という副詞を付けたのは、「意思」ではなく、インド映画の影響だろう。


それはさておき、最後まで観て、この映画、難病もののお泣かせ映画というより、普通に童貞ヴァージンのカップルの「卒業」と「別れ」の物語だなあ、と思った。


主人公のヘイゼルは他人を斜に構えてみる引きこもりである。男のオーガスタスはカワイイ女をみると、ド直視する、自分に自信がある、というか、向こう見ずな兄ちゃん。これでなぜ、ストーリーが進むのかというと、「美男美女」だからだ。カワイクないとド直視しないし、ド直視できるには、「ハンサム」の後押しが普通必要だからだ。


以後、ヘイゼルとガスの物語が進むのだが、ヘイゼルは、ある本に夢中だったのだが、その作者に会えるということで、アムステルダムに行くが作者に会うことで、その本との決別をすることになる。


すなわち本への逃避がここで終わり、彼女は成長するきっかけの出来事に当たる。


さらに、アンネ・フランクの家に観光でいくのだが、ここで激しい階段のため、ガンの彼女は、そうとう苦しいのだが、登りきって、キスをする。という展開があるのだが、ここはアンネ・フランクの家という「死を感じさせる世界」に、苦しい思いをして登りきった故の、生命の危機が、彼女を生殖本能を発動させた、という観かたがはまる。


そのあと、すんなりベッドインだからね。


その後、ガスのほうに悲劇が起こるのだが、これが、まあ、実に健康体というか、ヘイゼルも末期がんなのだが、二人とも、痩せてない、顔色いい、のあくまでも「何かの事情」で別れる、その別れに着々と準備していくような展開。全盲の友人も悲壮感はまるでなく、あくまで「男女」のことで悩んでいるだけだ。


だから「あなたとともに生きてよかった、ありがとう」という定番のやり取りが、お涙頂戴、というよりか、「え、涙頂戴って言った?」と映画から聞き返されるよう。


じゃあ、この映画がダメか、というとそんなことなく、普通に「悩みを抱えていたオンナの子がある日・・・」の普通のラブ・ストーリー。


はっきり言って、主人公の末期がんの設定は表向きで、それのみはライトユーザーのためのお泣かせ保険。シチュエーションで泣けることが悪いとは言わないけれど、それならもっと定番の朽ち果てる姿を描いてもいいと思うのだが、そこはあえて避けたのだろう。


ラスト、彼女の死は描かれず、ガスの残された手紙を読んで、その笑顔で幕を閉じる。この映画の一番ぐっとくる点はそこで、それ以降のヘイゼルの物語は不要だ、と言っているのだ。


ヘイゼルがあの本の続きを追わなくなったように、あなたもヘイゼルのその後を追ってはいけない。


スパッとこの映画を忘れて、前へ、前へ。


追記

今回のらぶ・テクニック

相手の女の子をド直視→目が合う→相手いったんそらす→構わずド直視→再び目が合う→数秒して、にわかに微笑んでみせる

常套手段ですが、若いみなさん、頑張って。おっさんはだめだよ。
201508082



 ←ランキング参加してます。面白かったら押してください


ランキング参加しています オモシロかったら押してください 映画評論・レビュー ブログランキングへ

このエントリーをはてなブックマークに追加
↑ ↑ 面白かったら、押してください。

↑ ↑ 映画バカの私が、よく聞くリスニング集です。



「イコライザー」 黒い年老いたビン・ディーゼルかと思ったら、セガールだった。

「イコライザー」
劇場公開日2014年10月25日
2015080710

!!激しくこき下ろしています!!
!!「マイ・ボディガード」(原題Man on Fire)の激しいネタバレもしています!!


本作、観る前の期待として、少女を助ける、実は凄腕、そう、これ、「マイ・ボディガード」のあの興奮再び、を感じさせるもの。

トニー・スコット&ダコタ・ファニングVSアントワン・フークワ&モレッツ

トニーVSフークワだと、トニーの圧勝なので、ダコタとモレッツに焦点を当ててみるが、今回のクロエ・グレース・モレッツの娼婦姿がものすごいリアルでちょっとびっくりしたのだが、ああ、これ「タクシー・ドライバー」でいくのかと思ったら、風呂敷がでかくなる。

ぽっちゃり感が「らしく」っていいです
2015080711


モレッツとデンゼルのシーンと、ダコタとデンゼルのシーンはともに芸達者同志、とても見どころがある。モレッツとダコタの年齢差はここでは問わないこととするが、デンゼルが行動を開始するのに、動機としてはダコタのほうが圧倒的に原動力になるので、ドラマとしては、どうしても本作、分が悪い。

しかし、それをのぞいても本作、「マイ・ボディガード」に勝てる点がほとんどないのである。唯一、ロシアのイカレ野郎、という明確な敵がいる、という点か。それでも、「マイ・」のほうは、見えざる敵を暴き、追い詰め、意外な悪人が見えたりと、サスペンス的要素も多分にあった。

だから、オレの個人的な本作に対する「マイ・ボディガード」の夢、再び、という持ってはならない願望を払しょくしたうえで改めて評価。

それでも、ダメなんだよなあ、コレ。

本作、決定的に甘いのは、やはり動機。なぜ、デンゼルが手を下すの?

冒頭、人生、もっとも重要な日の2つのうち、ひとつは生まれた意味を知った日、という一文が紹介されるが、彼がモレッツのために立ち上がったのが、「その日」なら、CIAとして活躍していた日々から抜けた理由をちゃんと描かないとダメでしょう。そのうえで、彼がしなければいけない理由を描かないとダメでしょう。

また、行動も軽率すぎる。律儀な生活を送っている描写をしながらも、敵のアジトに乗り込む軽率っぷり。どこが元CIAやねん。

デンゼルの無敵っぷりは別に構わない。

しかし「The Equalizer」

不正を正す、悪を滅する。昼の顔と夜の顔、正義と悪、そして演出は光と闇の交差にこだわるその割に、主人公が全然描けていない。
主人公こそ、昼と夜、過去と現在、対比すべき要素を持ったキャラクターなのに。

デンゼルが出るので、世をイコライズ、だが本当は自分をイコライズ、というのが、この映画のキモなのだと思ったが、これではセガールの映画。

そう思えば、これでも構わないが。

・・・構わないのか?

追記

本作の制作過程には、やっぱり「マイ・ボディガード」(原題Man on Fire)の影響があると思う。なぜなら、「マイ・」の主人公クリーシーを死なすべきではなかったというファンの声が大きいこともよくわかる。


SPOILER ALERT 当然ですが、他の映画のネタバレ満載です


しかし、あの映画ではクリーシーは、ピタが生きている、ということは、死に場所を得た、というほかならないから、死ぬしかないのである。「死ぬべき男の死に場所ここに見つけたり」が「マイ・ボディガード」の主題なので、人気の出そうな、同じようなキャラクター(でも死なない)で映画を作ろう、ということになったのではないかと思われる。


追記2
ラストのエミネムft.シーアの「GUTS OVER FEAR」はじめ、楽曲はいい。



 ←ランキング参加してます。面白かったら押してください


ランキング参加しています オモシロかったら押してください 映画評論・レビュー ブログランキングへ

 このエントリーをはてなブックマークに追加
↑ ↑ 面白かったら、押してください。

↑ ↑ 映画バカの私が、よく聞くリスニング集です。

「ニンフォマニアック Vol.2」 みんな、スッキリ!!

「ニンフォマニアック Vol.2」
劇場公開日2014年11月1日
201508071



!!いつも以上、思いっきりネタバレしています!!

前作VOL.1で書きそびれたが、テーマがテーマゆえ、「内臓」はそうではないが、排泄物はグロだ、ということで、そのチャプターはモノクロにした、という妙な気配りからも、前作は非常に万人に伝わりやすい作品だった。


だが、VOL.1だけでいうと、想像の範囲を超えない、尻軽女がたまたま居合わせた男に自分の性遍歴を語り、初めての男と再度結ばれた矢先、快感を得ることができなくなっていた、さてどうする、つづく、という形で終わった、という感じで、

「トリアー、バカじゃねえの?(一応ほめ言葉)」

という感想だった。

さてVOL.2。

結論から言うと、これまた非常に万人にわかりやすい、きれいなオチで落としてくれた、サービス精神を前作以上に感じさせる内容となった。

いや、このオチ、途中でスカルスガルドが実は童貞である、ということを告白し、それまでの彼の、主人公の経験に対する解釈が、「なるほど童貞だなあ」、と納得させられる屁理屈であるため、こういう終わり方が、らしい、というか、むしろ、そうなるべきラストである、ということも納得させられる。

そこには、そのオチが読めた、ということ以上に、「トリアー、結構スッキリ直球を投げたじゃん」ということの、なんというか、全くの余計なお世話だが、散々内省的な映画ばっか撮ってきた男に対しての成長、というか、潔さというか、祝鬱脱却、を感じさせる爽快感がある。

各チャプターも直球ばかりで笑えるが、ちょっと残念なのは、主人公の役者が、ゲンズブールに代わるのが、開始30分弱なのだが、そこはストーリーに一応沿って、サディスティック・セクシャル・バイオレントなKに出会って、顔がボコボコになって、ステイシー・マーティンからゲンズブールに交代、という方がずっといいので、そこは残念。

その前の黒人2人のエピソードで言葉はわからないが、もめてる内容が手に取るように分かる(わかっちゃダメ!!)演出も楽しい。

快感が得られない、からの、快感への欲求のエスカレート、および話の展開もよくある話で、途中、セックス依存症のセラピーを受けたり、それに挫折し、デフォー演じる事業主のもとで、取り立て屋をやることになったりと、経験を武器にとか、若き女後継者とのレズビアンな関係とか、とことん下世話な低俗的な展開が続く。

彼女の話の最後は、これまでのセクシャル行為の集大成、というか、最も下劣て最低な行為を受けることで、オーガズムを迎え、VOL.1の初めに戻るのだ。

ラスト、助けてくれて、話を聞いてくれたスカルスガルドに対し、ゲンズブールは友情を感じる。しかしスカルスガルドは童貞なのだ。彼がもう一度部屋に戻ってきた時点で俺は思わず吹き出す。しかしこの物語のラストは、こうでないといけない。最高に爽快感を与えてくれるラストに大爆笑必至。

いわゆる、「いいじゃないのぉ、だめよ、だめだめ」

まあ、4時間はさすがに長すぎで、まあ、Vol.2だけでもかなりのボリュームだし、VOL.1は見なくてもよいかもしれないが、我慢した分だけの爽快感はある。

追記1

やはりトリアーの映画なので、キリスト教なやり取りもあるのだが、この映画では、「園子温」の映画っぽくて面白い。

また、顔がボコボコのゲンズブールとスカルスガルドのやり取りは、まるで「エクソシスト」のメリン神父とリーガンのやり取りのよう。
スカルスガルドはメリンを演じたことがある点や、「こじらした童貞」スカルスガルドからすると、主人公のそれは悪魔的な行為であり、神父と悪魔の対決って、現実問題、結末はこうだよね。

201508072

「エクソシスト・ビギニング」のメリン神父(スカルスガルド)
201508076

こちらは「エクソシスト」のメリン神父。
童貞からすれば、主人公は、悪魔であり、天使・・・か?
201508075
また、主人公は、ようやく探し求めていた魂の木を見つける、というシーンがあるが、それはいびつで禍々しいのだが、その絵がこれ、メリンとパズズの像とのご対面シーンそっくり。
201508049

「エクソシスト」で一番好きなシーンです
201508074


追記2


パロディ、といえば、トリアーのイケない映画「アンチクライスト」のパロディもあるよ。
これも爆笑レベル。

 ←ランキング参加してます。面白かったら押してください


ランキング参加しています オモシロかったら押してください 映画評論・レビュー ブログランキングへ

 このエントリーをはてなブックマークに追加
↑ ↑ 面白かったら、押してください。

↑ ↑ 映画バカの私が、よく聞くリスニング集です。

記事検索
楽天市場
楽天DVD BD
プロフィール

しんざん

LINE読者登録QRコード
LINE読者登録QRコード
オーダーシャツが結局お得
自分磨きに
頭皮もしっかりケア