「ニンフォマニアック Vol.2」
劇場公開日2014年11月1日
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!!いつも以上、思いっきりネタバレしています!!

前作VOL.1で書きそびれたが、テーマがテーマゆえ、「内臓」はそうではないが、排泄物はグロだ、ということで、そのチャプターはモノクロにした、という妙な気配りからも、前作は非常に万人に伝わりやすい作品だった。


だが、VOL.1だけでいうと、想像の範囲を超えない、尻軽女がたまたま居合わせた男に自分の性遍歴を語り、初めての男と再度結ばれた矢先、快感を得ることができなくなっていた、さてどうする、つづく、という形で終わった、という感じで、

「トリアー、バカじゃねえの?(一応ほめ言葉)」

という感想だった。

さてVOL.2。

結論から言うと、これまた非常に万人にわかりやすい、きれいなオチで落としてくれた、サービス精神を前作以上に感じさせる内容となった。

いや、このオチ、途中でスカルスガルドが実は童貞である、ということを告白し、それまでの彼の、主人公の経験に対する解釈が、「なるほど童貞だなあ」、と納得させられる屁理屈であるため、こういう終わり方が、らしい、というか、むしろ、そうなるべきラストである、ということも納得させられる。

そこには、そのオチが読めた、ということ以上に、「トリアー、結構スッキリ直球を投げたじゃん」ということの、なんというか、全くの余計なお世話だが、散々内省的な映画ばっか撮ってきた男に対しての成長、というか、潔さというか、祝鬱脱却、を感じさせる爽快感がある。

各チャプターも直球ばかりで笑えるが、ちょっと残念なのは、主人公の役者が、ゲンズブールに代わるのが、開始30分弱なのだが、そこはストーリーに一応沿って、サディスティック・セクシャル・バイオレントなKに出会って、顔がボコボコになって、ステイシー・マーティンからゲンズブールに交代、という方がずっといいので、そこは残念。

その前の黒人2人のエピソードで言葉はわからないが、もめてる内容が手に取るように分かる(わかっちゃダメ!!)演出も楽しい。

快感が得られない、からの、快感への欲求のエスカレート、および話の展開もよくある話で、途中、セックス依存症のセラピーを受けたり、それに挫折し、デフォー演じる事業主のもとで、取り立て屋をやることになったりと、経験を武器にとか、若き女後継者とのレズビアンな関係とか、とことん下世話な低俗的な展開が続く。

彼女の話の最後は、これまでのセクシャル行為の集大成、というか、最も下劣て最低な行為を受けることで、オーガズムを迎え、VOL.1の初めに戻るのだ。

ラスト、助けてくれて、話を聞いてくれたスカルスガルドに対し、ゲンズブールは友情を感じる。しかしスカルスガルドは童貞なのだ。彼がもう一度部屋に戻ってきた時点で俺は思わず吹き出す。しかしこの物語のラストは、こうでないといけない。最高に爽快感を与えてくれるラストに大爆笑必至。

いわゆる、「いいじゃないのぉ、だめよ、だめだめ」

まあ、4時間はさすがに長すぎで、まあ、Vol.2だけでもかなりのボリュームだし、VOL.1は見なくてもよいかもしれないが、我慢した分だけの爽快感はある。

追記1

やはりトリアーの映画なので、キリスト教なやり取りもあるのだが、この映画では、「園子温」の映画っぽくて面白い。

また、顔がボコボコのゲンズブールとスカルスガルドのやり取りは、まるで「エクソシスト」のメリン神父とリーガンのやり取りのよう。
スカルスガルドはメリンを演じたことがある点や、「こじらした童貞」スカルスガルドからすると、主人公のそれは悪魔的な行為であり、神父と悪魔の対決って、現実問題、結末はこうだよね。

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「エクソシスト・ビギニング」のメリン神父(スカルスガルド)
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こちらは「エクソシスト」のメリン神父。
童貞からすれば、主人公は、悪魔であり、天使・・・か?
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また、主人公は、ようやく探し求めていた魂の木を見つける、というシーンがあるが、それはいびつで禍々しいのだが、その絵がこれ、メリンとパズズの像とのご対面シーンそっくり。
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「エクソシスト」で一番好きなシーンです
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追記2


パロディ、といえば、トリアーのイケない映画「アンチクライスト」のパロディもあるよ。
これも爆笑レベル。

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