「傷物語I 鉄血篇」
劇場公開日 2016年1月8日



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!!激しくネタバレしています!!






今年1年アニメ映画に挑戦するという抱負を掲げた以上、できるだけ早いうちに、人気のある作品から体験しようと。あくまでスタンスは、テレビシリーズを知らない、映画単体でどうやって楽しむか。ただしこのあとの話になる「化物語」はざっとテレビで観たことはある。


「傷物語I 鉄血篇」





1月9日TOHOシネマズ川崎。満員である。意外と(?)老若男女な観客構成。うむ、うむ、これならついていける、と確信(せっかち)

上映開始。


なんじゃこりゃ~
(なぜか、ただただ周囲を見渡して、慌てるオレ)



ええと、人気シリーズの「初劇場版」で「前日譚」の「3部作」んの「エピソード1」ですよね?ファンの人は超期待してますよね?

えっと、ファンの人、これ、大丈夫なんでしょうか?

いや、「ファンだから」、「ファンだけど」、というのは当然あるだろうし、それは「フォースの覚醒」でも散見する意見だから、現象としては理解できるんだけど、

「【これ】で次が見たくなる」

って、そういうもんなのか?という「はてな」がずっとオレの頭の中ぐるぐるぐるぐる。

そういう客層がターゲットの一部というもあるんでしょう、いきなりの羽川さんのパンツも、やり過ぎなバストも、いきなりのギャグ顔(っていうの?)も作風、ということでまあ、オレだけが気にしなければ、それでいいんだけども。

音楽がずっと鳴っているも、まあ、吐き気はするんだけど、仏像や刀のコラージュ、日の丸とか、別にわざわざそういう表現しなくても、と思いそうなオープニングでもまあ初めてだし、それはいいんだけども。

それよりも「映画」として観た場合、なにより一番気になったのは、以後、ずっと眷属としての関係になる、あるいは、暦くんの本能的性質が露わになるところの、「極めて重要な」あの出会いとその行為。


あの程度の描写でいいの?



なんとも無味な。なんとも味気ないこと。恐怖も、悪魔的魅力も、エロスも、そして神々しさも感じられない。

「3部作」ゆえ、また「固定客」の存在があるゆえ、できる技っていうのはあるだろう。そのうえでの「この味気無さ」の意味というのは、以後の続編で確認できるのだろうか。


アニメ映画って、ムズイなあ。まいったなあ。




追記

人物などは「『血』の通った」赤がかった色合い、というのは観ててなかなか新鮮だったが
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その一方、それはCG多投の違和感緩和目的とも取れなくはない。その辺の技もちょっとずつ理解していくことにしよう。しかし、あそこまで背景にこだわる必要のある作品なんだろうか。何か違うような気もするが。

でもこのお方は「赤く」てはいけないのでは?
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追記2


もいっこ苦言。

「鉄血」にして「熱血」にして「冷血」、な吸血鬼、とのことだが、それを3部作のタイトルにする意味が、少なくとも1部では感じられない。単にいつも使っている単語だし、響きがいいから、というだけで、というんならいいんだけど、タイトルにかませるんなら、鉄血ぽいのが中身に欲しいよ。(「熱血」「冷血」は中身に反映されそうだけど)

しかし、劇場内はなかなか興味深い経験だったので、次も行こうと思う。



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