しんざんの、みんな仲良し映画評!!

ほんとうは仲良しとは程遠い、あまのじゃくな映画評、映画批評、映画評論ブログ 全部ネタバレ。またあまのじゃくゆえ、人によってはまったく受け付けないものもあるよ。もちろん、こっそりオススメもあるよ。

旧作映画

おっさんには、「グリーンブック」ネタバレ オスカーの凋落と打算しか本作には見いだせなかったよ。

去年のアカデミー賞はマイノリティ、ダイバーシティヨイショの極端な過敏反応のせいで、クソみたいな同人誌映画「シェイプ・オブ・ウォーター」が受賞した。

もちろん前向きに見ると、「初の怪獣映画のオスカー受賞、イエイ」といえなくもないが、ただ単に、オタクが会員層の大部分を締め、「難しい」映画を理解できなくなったとも言えなくない。

そんなこんなのアカデミー賞の今年の結果はどうかと言うと、案の定の、会員があたかも全員一斉に集まって、消去法で決めたかのような、各部門の受賞結果。

もはや映画の内容、映画のデキには目を向けず、マイノリティ、ダイバーシティヨイショだけが選考理由。結果、あげるべき人にあげてないくせに「ダイバーシティ」だとほざきやがる。

アカデミー賞は、業界人による、内輪の賞だが、もはやこんなの、もらって嬉しいか?というほどに、権威は失墜したと思う。

そんなことがはっきり見えたのが、この




「グリーンブック」

20190430


「既視感」というには、あまりにも退屈すぎる。ここで繰り広げられる物語は、表面上で起こったことしか見えない。というより、見せていない。想像力の欠如とでも言おうか、登場するキャラクターの背景が全くと言っていいほど、表面的だ。

ああ、脚本家の一人に、主人公の息子がいるからか。

もちろん、彼にとって父親である主人公は「ヒーロー」である。だがあまりにも物分りが良すぎる。まるで、事の流れに逆らわないように。

ドクに、「自分にしかデキないことをしろ」、というが、そんなキャラだったか?

そもそもドクが天才なのは誰でもわかるかもしれないが、彼がそこまでドクに「仕事以上」に心を通わせるのがわからない。手紙?手紙の反応がトニーに戻ってきた描写はない。

plainとplaneのしょうもない話はともかく、主人公の「美しい平原広がる南部ツアー」の結果が黒人と仲良くなっただけなのも、ロードムービーの体をとってるくせに、つまらなすぎ。

ドクのほうも、全くと言っていいほど、ペラペラのキャラクター。ちょっとだけホモネタ入れちゃう?とか、どうせ、そんなノリだろ?

南部に行く理由も、「勇気ある行動」で片付けられる。

勇気を示す理由は何よ?そして、そもそも散々引っ張った兄貴の件はどうなったんだよ?

つまり、こういう設定だったら、オスカー取れんじゃね?こういうシーン入れときゃオスカー取れんじゃね?ということしか考えていない映画。

グリーンブックというタイトルも、止まった場所に何かあるわけでもなく、地域性だって、ケンタッキー・フライド・チキンだあ?子供の映画か。(当時のクソ不味いアメリカのKFCをニコニコ食べる二人をギャグにしているのかもしれないが)

「グリーンブック」ってタイトルつけときゃ、アイロニックな感じが出るでしょうみたいなのりだったんだろうが、全く機能していない。

クライマックスに、黒人で溢れるBARでドクの演奏するシーンが有る。トニーが黒人限定BARに入るところこそが、本当は一番ドラマなはずなのだが、そこはお前ら、スルーかよ。

トニーが黒人限定なBARに入る、これこそまさに「『逆』グリーンブック」。これで評価されるならまだ分かる。

追記

唯一の笑いどころは、銃を実際に持っていたところだけ。だが、これだって相当やばい「ネタ」なのに、もっと高いレベルの笑いにまで昇華できたはずだ。

結果、黒人をダシにして、主人公がお金を稼いで、物分かりのいい性格になり、手紙を書くのが上手になりました、っていうだけの映画。



 

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「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ ディレクターズカット版」ネタバレ 映画オタクがおっさんになって、25年ぶりに謎に向き合ったよ。

本作の日本公開時1984年と言えば、オレは小学生だ。よって先日レビューした「ディア・ハンター」同様、初見はVHSで、高校生の時だ。これも当時長いモノだったが、のちに「完全版」なるものを観たりと、大好きな作品だが、今回は「ディレクターズカット」という4時間11分の代物だという。

あの至福の時間を劇場で味わえるなんて。さらに22分の追加シーンがあるなんて。朝から眠いとかあるわけない。「シティーハンター」に駆け込む大量の老若男女を尻目に、



「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ ディレクターズカット版」

20190429



今回は追加シーンについて、話をしようと思う。カットされたシーンには、極めて重要なものもある。

1)墓場管理人ルイーズ・フレッチャーの登場シーン
2)追跡車両の爆破シーン
3)デボラの舞台のシーン
4)老婆キャロルとの再会

これらは特に無くても問題はなかったと思える。特に1)2)4)は、「妄想」ラインが大きく薄れてしまうため、削って正解。

4)デボラとのデートでの、タクシーの運転手とのやり取り

ヌードルスがユダヤ人の恥のように言われるのだが、唐突すぎて不要なシーン。彼がそもそも一匹狼であるのは、「イタリア系」でないのが大きい理由の一つであり、また彼の性格が自分勝手で直情的なクソであることは劇中、十分描かれているので、必要ない。

5)デトロイトでの「泳ぎ」のシーン

これはとっても重要で、車ごと突っ込んだ一行はヌードルスがおぼれたのかと心配する。ここではヌードルスの姿は見せないのだが、ここでの「ゴミ清掃」がラストとリンクする。
ベイリー(マックス)はゴミ清掃車の中に消えたのか?いやそうではなく、初めからいなかったのだ。
これはヌードルスとマックスはお互いに「親友」のなかで「からかいながら、だましだまされ」を繰り返してきた仲だということ。

このシーンが削られたことで、ゴミ清掃車、ラストの「笑み」の解釈がこれまで難しく議論されてきたといえる、最重要のカットシーン。

6)ヌードルスとイヴとの出会い

これまでのヴァージョンでは、イヴの存在がキャロルより軽く見えてたのが、どうも納得いかなかったのだが、今回の追加でその存在が大きくなる。またヌードルスがずーっとデボラを引きずっていたことがより分かりやすくなった。

心情的には削ってほしくなかったシーンだが、ヌードルスの「妄想」の中では、序盤であっさり殺されるという軽い存在なので、確かに無くても良かったのかもしれない。

7)ベイリーとジミーの会話

ベイリーすなわちマックスとジミーの立場が逆転したことがはっきりわかり、ベイリーに選択肢がないことがより分かる。これは「現実」ラインを厚くするエピソードであり、マックスのやり方が60年代では通用しなくなっている、という「ギャング」の衰退を意味する。

総じて、これらのシーンのカットの理由は、上映時間の関係よりも、と作り手の「意図的な混乱」というのがよりはっきりした。

この映画自体の面白さはいうに及ばず追加シーンも不要なものとはいえ、とても楽しく観ることが出来た。

追記

それでも、マックスが連邦銀行に執着した理由がないんだよね。



 

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「孤狼の血」 広島出身の、映画バカのおっさんの本音の意見が聞きたいか。

 広島市出身、呉市にも相当思い入れのあるおっさんには、そう、これは「この世界の片隅に」以来の鑑賞動機。

カミさんに黙ってコソコソしててでも、なけなしの小遣いを使ってでも、行かないわけにはいかない。
期待はある、だが、そこは出身者ゆえの厳しい目もある。










「孤狼の血」














広島市内では誰もが知る旧タカノ橋サロンシネマや清水劇場、的場シネマ近辺など、「ならでは」、のロケ地も楽しい。

だが、それだけだ。結局出来上がったものは「かっこ」だけなのよ。

正直、期待外れだ。

「Vシネマ」と変わりないどころか、量産型を強いられても、個性を発揮しようとした「Vシネマ」より熱さが足らない。

特に女優陣が最低。「このタイミング」の真木よう子がなぜ脱がない?脱がせない?松坂の彼女もなぜ脱がない?松坂が後ろから迫って「やけくそ」と「野生」をほとばしるシーンでなぜ服を破かない?(おっと、これは俺の趣味か)

「Vシネマの女優」はみんな脱いでのし上がったし、俺たちはみんなそれが楽しみだった。真木さん、今しかなかったんじゃないの。

ストーリーもつまらなすぎ。退屈。キャラも魅力なし。役所広司の呉弁は力み過ぎ、臭すぎ。結局大上は何がうまくできてて、何がダメで、そんななか、何がしたかったのか、まるで描けていない。役所に食わせる豚のクソの伏線の貼り方も全然ダメダメ。

でも、最もダメな点は笑いが足らないことだ。

あのな、「仁義なき戦い」はコメディなのよ。アツイ「漢」とかそんな風にあの映画を観るもんじゃない。石橋蓮司なんか、本当に芝居を「流している」。ま、それが唯一の笑いどころなのだから、本人はよーくわかっている。それが分かっていないのが江口洋介。湘南のノリでいいのに。

追記1

あ、そうそう。広島弁を文章に起こさないほうがイイ。田中宏の漫画はおっさんからするとダサいのだ。大上の、日岡日記への書きなぐりは恥ずかしくって、小学生の落書きかと思った。

追記2

脱ぐ脱がないについて(しつこい?)

ギャラ、CM、事務所、監督の権限、手腕、カリスマ性、色々あるだろうけど、東宝の「ゴジラ」復権のように、東映は慎重に、綿密に「やくざ映画」復権に気を遣っているのだろうけど、結局「そこ」に行かないと、復権はないと思うんじゃけどの(おっと失礼)



 

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