しんざんの、みんな仲良し映画評!!

ほんとうは仲良しとは程遠い、あまのじゃくな映画評、映画批評、映画評論ブログ 全部ネタバレ。またあまのじゃくゆえ、人によってはまったく受け付けないものもあるよ。もちろん、こっそりオススメもあるよ。

ラブストーリー、とかそんな感じの

婚活映画祭(汗)

先日行ってみたんだけど、すっかり忘れていた(。。。既にネタバレ)

男女100人100人程度の、映画を観て、「回転ずし」なあいさつして立食パーティ、というものだった。

カップルは100組中7組。結構な率かと思う。

だが婚活映画祭というのとその内容は幾分かけ離れていたように思う。
もちろん、主催者側に文句などない。オレが婚活映画祭慣れ(?)していないので、
いろいろ疲れてしまったのだ。



以下、内容

1)ドン小西トークショー
まあ、確かにメディアに注目されようとすると、何かしらゲストは要るよね。

2)映画「フランシス・ハ」上映
いや、「フランシス・ハ」に文句はないし、セレクトも悪くないと思う。

だが、このオシャレ系でイタイ系の映画を観て、参加者の男女はどう接近するのか、企画者は想像したのだろうか

ドン小西=オシャレ、「フランシス・ハ」=イタイ=オタク。まあ、100歩譲って、そのロジックはあり、としよう。

3)回転ずしなあいさつ

女性陣がホールいっぱいに円になり、その内側を男性が一人ひとりご挨拶するという。

5秒。

その間、ファーストインプレッションでお気に入りの方の番号を書く、という。

5秒です。 はい、企画倒れ。その間書けるわけないし、それを集計する時間をとってないし、それをどう公表するのか、だれも期待しているようには見えなかった。

オレはここで疲れてしまったね。30人ぐらい挨拶すると、テンションがおかしくなった。

「しんざん、映画で検索してください ブログやってます(汗)」 次っ(汗)

はい、これで5秒です。

4)立食
疲労困憊なオレは、もうこの時点でその日は「いいひと」になりました。ええ。


だけどね、

これって婚活映画祭なのか?

いや、ドン小西でなくて、町山智浩で、「フランシス・ハ」が「冷たい熱帯魚」とか、そんなこと言う気はさらさらないよ。でもさあ、そこは「有村昆」とか「LiLiCo」でしょう?ドン小西なら映画は「イヴ・サンローラン」系でしょ?

「何目的で来たの?」(オレ(失礼だろ?))
「ドン小西。」(女性)
「・・・」(オレ)

いや、オレの失礼な質問に対しての、であれば、それはそれでオレが転がされた、でいいんだけど
どうもマジなんだよね。いや、彼女は決して悪くない。

婚活映画祭、とでも言うのなら、ピンポイントで、イロモノ狙いでいいじゃないかなあ。オサレは好きだけど、婚活映画祭と銘打つなら、それは捨てようよ。(だと、メディアに載せられないか)

1.ゲスト

1)ゲストが有村昆とかLiLiCoなら、「天才スピヴェット」
(マニア+オサレ)

以下段々黒く

2)ゲストが町山智浩や宇多丸なら「ゴーンガール」
(マニア+オサレ+婚活をあざ笑うサド的嗜好)

3)ゲストが高橋ヨシキなら「グリーン・インフェルノ」
(途中退場推奨のまさにふるい。誰が残るかお楽しみ 「祭り」でなく、「カニバル」というオチ)

上映後

1)だと、立食(ゲストがちょいちょい席を回る) 
 
 カ・ワ・イイ!

2)だと、挙手系参加型トークショー(ゲストに近づく)

 コン、では無くなるな、でも。こういうゲストにアピール(すなわち会場の異性にアピール)の方法が、
 映画バカにはよいかも。

3)だと、放置

 もう、何も準備してあげる必要はないよね。

でもさ、応募は絶対2)>3)>1)ぐらいだと思うよ?映画を観て、男女で映画の会談って、マニアしかしねえって。

今度はもっと少人数のマニアな会に出動します。
(でもオサレ系ももっとやって!!)



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「ギャラクシー街道」 自分の頭にあるものを出して作れば素のおっさん

劇場公開日 2015年10月24日




!!ネタバレ注意ですが、「あまのじゃく」なりに本作「擁護」の立場でおります!!

見た目と性格というものはやっぱり一致する。

「知らない分野を勉強せず、自分の頭にあるものを出して」作れば、まあ、そういうものが出てくる。

そういう意味で、初の「三谷幸喜」が素で作りたかった映画、ともいえる。北野武でいうと、「あの」あたりの作品になる。

「ギャラクシー街道」

はい、オレ、今までの三谷幸喜作品、全部嫌い。

三谷幸喜作品で、そもそも笑いの取れる作品が、いまだかつてあっただろうか?破たんせず、ファンタジー化せず、収束した作品があっただろうか。下品な笑いなく、終始上品な世界観が繰り広げられていただろうか。

ノンノンノン。

あの風貌ですよ?あのテレビでの立ち振る舞いですよ?その正体は変態偏屈おじさん以外あり得ないでしょう。

だから、こういう作品になって、なにもおかしくない。その意味でとても面白かった。


本作、あくまで、香取くんと綾瀬さんの二人の夫婦の話。「紆余曲折あったけど、こんないらいら、ぐずぐずした俺だけど、これからもよろしくね」というだけの映画。

そう、まさしく、三谷幸喜自身の個人的なお話。登場する女性キャラは全員巨乳の装いであることも、見逃せない。(真偽ともかく、劇中ではみなさん胸が大きい)

一方、宇宙人の設定や、ウルトラマンネタなどこれこそお花畑の頭の方向け。TMRの人のほったらかし振りなんてワザとでしかないわけで。

舞台劇なのに、わざと舞台劇的なつながりを切っている。

そういった外野感、テキトー感、そしてチャレンジ精神を、演者がことごとく理解していない、あるいはミスキャスト、そしてやっぱり演出が追い付いていない、というのが本作のマズいところ。

まったくみなさんと真逆だが、「本」はいいと思う。

小栗旬くんはこういうただダメな男の役は全然似合わないし、梶原さんももっと微妙に可愛らしさが出ないといけないのに、うざったい役で終始している。(この役、爆笑問題田中さんとかいいのにね)

段田さんの役は、狂言回しの立場なんだけど、それをほったらかして自己の思い出に浸るぐらいの、だんだん狂って、でもホッコリの非常に難しいキャラクターなんだけど、演じきれていないよね。これができるのは、ジャック・ニコルソンぐらいだからしょうがない。

遠藤さんもビジュアルに頼り過ぎ。大竹さんの役、西田さんの役は演出がバツ。SFを、と言うのであれば、この二人の設定に問題があるかもしれない。

つまり、本作、オレからすると、本の強度やチャレンジ精神に、

「演者と演出がついていけていない」

という印象。

でもね、個人的な映画なんだから、そこに目くじら立てるでなく、香取慎吾=三谷幸喜、としてさっさと切り替えればよいのだ。

本作、そういう意味で最も素晴らしい演技をしたのは、香取慎吾。

追記

地球人に最も近い、山本くんや石丸さんのエピソードは、普通に面白い。山本くんのほうは、メイクがしょぼいけど、ああ、この手で堀北さんを、て想像させてくれるし、あのあたり嫌ってるの、掘北さんファンじゃねえの?

石丸さんのほうも、おねえちゃんとの絡みが面白い。

期待してたのは、

「ザイアクカン?」

最高である。ここが一番おもろかった。

追記2

女性蔑視、差別ではなく、自己批判、自己嘲笑の表現の結果でしょう。

それこそ「素のおっさん」

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「きっと、星のせいじゃない。」 余韻を求めてはいけない「ラブストーリー」

201508081
原題「The Fault in our Stars」

まあ直訳すると、「運のせい」。
邦題「きっと、星のせいじゃない。」。

真逆である。


映画を見ると分かるが、オープニングからそのタイトル文字の手書きでポップな文体から


「運のせい」=「他責、自分は悪くない、自分は不運の星に生まれた」


という直訳をそのまま受け止めるのではなく、その先にある、


「運のせいではない、自分たちによるもの(気持ち、努力)なのだ」


いう内容の映画なのだろうな、とおおよそ推測ができる。つまり邦題は真逆ではない。ただし「きっと、」という副詞を付けたのは、「意思」ではなく、インド映画の影響だろう。


それはさておき、最後まで観て、この映画、難病もののお泣かせ映画というより、普通に童貞ヴァージンのカップルの「卒業」と「別れ」の物語だなあ、と思った。


主人公のヘイゼルは他人を斜に構えてみる引きこもりである。男のオーガスタスはカワイイ女をみると、ド直視する、自分に自信がある、というか、向こう見ずな兄ちゃん。これでなぜ、ストーリーが進むのかというと、「美男美女」だからだ。カワイクないとド直視しないし、ド直視できるには、「ハンサム」の後押しが普通必要だからだ。


以後、ヘイゼルとガスの物語が進むのだが、ヘイゼルは、ある本に夢中だったのだが、その作者に会えるということで、アムステルダムに行くが作者に会うことで、その本との決別をすることになる。


すなわち本への逃避がここで終わり、彼女は成長するきっかけの出来事に当たる。


さらに、アンネ・フランクの家に観光でいくのだが、ここで激しい階段のため、ガンの彼女は、そうとう苦しいのだが、登りきって、キスをする。という展開があるのだが、ここはアンネ・フランクの家という「死を感じさせる世界」に、苦しい思いをして登りきった故の、生命の危機が、彼女を生殖本能を発動させた、という観かたがはまる。


そのあと、すんなりベッドインだからね。


その後、ガスのほうに悲劇が起こるのだが、これが、まあ、実に健康体というか、ヘイゼルも末期がんなのだが、二人とも、痩せてない、顔色いい、のあくまでも「何かの事情」で別れる、その別れに着々と準備していくような展開。全盲の友人も悲壮感はまるでなく、あくまで「男女」のことで悩んでいるだけだ。


だから「あなたとともに生きてよかった、ありがとう」という定番のやり取りが、お涙頂戴、というよりか、「え、涙頂戴って言った?」と映画から聞き返されるよう。


じゃあ、この映画がダメか、というとそんなことなく、普通に「悩みを抱えていたオンナの子がある日・・・」の普通のラブ・ストーリー。


はっきり言って、主人公の末期がんの設定は表向きで、それのみはライトユーザーのためのお泣かせ保険。シチュエーションで泣けることが悪いとは言わないけれど、それならもっと定番の朽ち果てる姿を描いてもいいと思うのだが、そこはあえて避けたのだろう。


ラスト、彼女の死は描かれず、ガスの残された手紙を読んで、その笑顔で幕を閉じる。この映画の一番ぐっとくる点はそこで、それ以降のヘイゼルの物語は不要だ、と言っているのだ。


ヘイゼルがあの本の続きを追わなくなったように、あなたもヘイゼルのその後を追ってはいけない。


スパッとこの映画を忘れて、前へ、前へ。


追記

今回のらぶ・テクニック

相手の女の子をド直視→目が合う→相手いったんそらす→構わずド直視→再び目が合う→数秒して、にわかに微笑んでみせる

常套手段ですが、若いみなさん、頑張って。おっさんはだめだよ。
201508082



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「ニンフォマニアック Vol.2」 みんな、スッキリ!!

「ニンフォマニアック Vol.2」
劇場公開日2014年11月1日
201508071



!!いつも以上、思いっきりネタバレしています!!

前作VOL.1で書きそびれたが、テーマがテーマゆえ、「内臓」はそうではないが、排泄物はグロだ、ということで、そのチャプターはモノクロにした、という妙な気配りからも、前作は非常に万人に伝わりやすい作品だった。


だが、VOL.1だけでいうと、想像の範囲を超えない、尻軽女がたまたま居合わせた男に自分の性遍歴を語り、初めての男と再度結ばれた矢先、快感を得ることができなくなっていた、さてどうする、つづく、という形で終わった、という感じで、

「トリアー、バカじゃねえの?(一応ほめ言葉)」

という感想だった。

さてVOL.2。

結論から言うと、これまた非常に万人にわかりやすい、きれいなオチで落としてくれた、サービス精神を前作以上に感じさせる内容となった。

いや、このオチ、途中でスカルスガルドが実は童貞である、ということを告白し、それまでの彼の、主人公の経験に対する解釈が、「なるほど童貞だなあ」、と納得させられる屁理屈であるため、こういう終わり方が、らしい、というか、むしろ、そうなるべきラストである、ということも納得させられる。

そこには、そのオチが読めた、ということ以上に、「トリアー、結構スッキリ直球を投げたじゃん」ということの、なんというか、全くの余計なお世話だが、散々内省的な映画ばっか撮ってきた男に対しての成長、というか、潔さというか、祝鬱脱却、を感じさせる爽快感がある。

各チャプターも直球ばかりで笑えるが、ちょっと残念なのは、主人公の役者が、ゲンズブールに代わるのが、開始30分弱なのだが、そこはストーリーに一応沿って、サディスティック・セクシャル・バイオレントなKに出会って、顔がボコボコになって、ステイシー・マーティンからゲンズブールに交代、という方がずっといいので、そこは残念。

その前の黒人2人のエピソードで言葉はわからないが、もめてる内容が手に取るように分かる(わかっちゃダメ!!)演出も楽しい。

快感が得られない、からの、快感への欲求のエスカレート、および話の展開もよくある話で、途中、セックス依存症のセラピーを受けたり、それに挫折し、デフォー演じる事業主のもとで、取り立て屋をやることになったりと、経験を武器にとか、若き女後継者とのレズビアンな関係とか、とことん下世話な低俗的な展開が続く。

彼女の話の最後は、これまでのセクシャル行為の集大成、というか、最も下劣て最低な行為を受けることで、オーガズムを迎え、VOL.1の初めに戻るのだ。

ラスト、助けてくれて、話を聞いてくれたスカルスガルドに対し、ゲンズブールは友情を感じる。しかしスカルスガルドは童貞なのだ。彼がもう一度部屋に戻ってきた時点で俺は思わず吹き出す。しかしこの物語のラストは、こうでないといけない。最高に爽快感を与えてくれるラストに大爆笑必至。

いわゆる、「いいじゃないのぉ、だめよ、だめだめ」

まあ、4時間はさすがに長すぎで、まあ、Vol.2だけでもかなりのボリュームだし、VOL.1は見なくてもよいかもしれないが、我慢した分だけの爽快感はある。

追記1

やはりトリアーの映画なので、キリスト教なやり取りもあるのだが、この映画では、「園子温」の映画っぽくて面白い。

また、顔がボコボコのゲンズブールとスカルスガルドのやり取りは、まるで「エクソシスト」のメリン神父とリーガンのやり取りのよう。
スカルスガルドはメリンを演じたことがある点や、「こじらした童貞」スカルスガルドからすると、主人公のそれは悪魔的な行為であり、神父と悪魔の対決って、現実問題、結末はこうだよね。

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「エクソシスト・ビギニング」のメリン神父(スカルスガルド)
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こちらは「エクソシスト」のメリン神父。
童貞からすれば、主人公は、悪魔であり、天使・・・か?
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また、主人公は、ようやく探し求めていた魂の木を見つける、というシーンがあるが、それはいびつで禍々しいのだが、その絵がこれ、メリンとパズズの像とのご対面シーンそっくり。
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「エクソシスト」で一番好きなシーンです
201508074


追記2


パロディ、といえば、トリアーのイケない映画「アンチクライスト」のパロディもあるよ。
これも爆笑レベル。

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「ニンフォマニアック Vol.1」 真面目か!

「ニンフォマニアック Vol.1」
劇場公開日2014年10月14日
201508047




鬱でも変態でもどっちでもよいのだが、気持ち悪い「メランコリア」から待望(?)の新作。


うわさは聞いていたが、エロ映画の超大作。今回はその前編。

さて、本作、変態で名をはせ、女性蔑視だのなんだの、言われ、それじゃお望み通りのものを作ってやる、とか言ったか言わないかは知らないが、極めて、発想の陳腐なエロ映画、というのがVOL.1の鑑賞後の第一印象である。

VOL.1の幼少期から青春時代の主人公ジョーのエピソードは既視感満載。トリアーは変態ではなくって、まじめだから鬱になったのか。と思わせる。

いつの間にかエロ映画の定番曲になってしまった、ドミートリイ・ショスタコーヴィチのジャズ組曲第2番よりワルツ第2番を使ったり



セックスの最高の秘訣は愛とか、性に目覚めたのは、綱登りだとか直球を投げたり、魚釣りとか、数学とか、縦列駐車とかは、ジョークではなくって、トリアー、お前、マジでそう思っているだろ?


「真面目かっ?」

と逆にトリアーに、いままで変態扱いしてごめんなさい、とこっちがトリアーに申し訳が立たなくなってしまっているのに気付く始末。

むしろ、その中で逆に「愛を語る」というのはまあ、VOL.2への展開だったりするのだろうが、それでも、その展開は陳腐なんだよなあ。

VOL.1のラストなんて、あれだよ、

セックスが気持ちよくなくなった!!、VOL.2に続く!お前、園子温かよ。

なぜにシャルロット・ゲンズブール、というがっかり感はVol.2への猛烈なマイナス要素。
主人公の若いころを演じるステイシー・マーティンは素晴らしい。全然似てないけど。

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