しんざんの、みんな仲良し映画評!!

ほんとうは仲良しとは程遠い、あまのじゃくな映画評、映画批評、映画評論ブログ 全部ネタバレ。またあまのじゃくゆえ、人によってはまったく受け付けないものもあるよ。もちろん、こっそりオススメもあるよ。

ラブストーリー、とかそんな感じの

「ニンフォマニアック Vol.2」 みんな、スッキリ!!

「ニンフォマニアック Vol.2」
劇場公開日2014年11月1日
201508071



!!いつも以上、思いっきりネタバレしています!!

前作VOL.1で書きそびれたが、テーマがテーマゆえ、「内臓」はそうではないが、排泄物はグロだ、ということで、そのチャプターはモノクロにした、という妙な気配りからも、前作は非常に万人に伝わりやすい作品だった。


だが、VOL.1だけでいうと、想像の範囲を超えない、尻軽女がたまたま居合わせた男に自分の性遍歴を語り、初めての男と再度結ばれた矢先、快感を得ることができなくなっていた、さてどうする、つづく、という形で終わった、という感じで、

「トリアー、バカじゃねえの?(一応ほめ言葉)」

という感想だった。

さてVOL.2。

結論から言うと、これまた非常に万人にわかりやすい、きれいなオチで落としてくれた、サービス精神を前作以上に感じさせる内容となった。

いや、このオチ、途中でスカルスガルドが実は童貞である、ということを告白し、それまでの彼の、主人公の経験に対する解釈が、「なるほど童貞だなあ」、と納得させられる屁理屈であるため、こういう終わり方が、らしい、というか、むしろ、そうなるべきラストである、ということも納得させられる。

そこには、そのオチが読めた、ということ以上に、「トリアー、結構スッキリ直球を投げたじゃん」ということの、なんというか、全くの余計なお世話だが、散々内省的な映画ばっか撮ってきた男に対しての成長、というか、潔さというか、祝鬱脱却、を感じさせる爽快感がある。

各チャプターも直球ばかりで笑えるが、ちょっと残念なのは、主人公の役者が、ゲンズブールに代わるのが、開始30分弱なのだが、そこはストーリーに一応沿って、サディスティック・セクシャル・バイオレントなKに出会って、顔がボコボコになって、ステイシー・マーティンからゲンズブールに交代、という方がずっといいので、そこは残念。

その前の黒人2人のエピソードで言葉はわからないが、もめてる内容が手に取るように分かる(わかっちゃダメ!!)演出も楽しい。

快感が得られない、からの、快感への欲求のエスカレート、および話の展開もよくある話で、途中、セックス依存症のセラピーを受けたり、それに挫折し、デフォー演じる事業主のもとで、取り立て屋をやることになったりと、経験を武器にとか、若き女後継者とのレズビアンな関係とか、とことん下世話な低俗的な展開が続く。

彼女の話の最後は、これまでのセクシャル行為の集大成、というか、最も下劣て最低な行為を受けることで、オーガズムを迎え、VOL.1の初めに戻るのだ。

ラスト、助けてくれて、話を聞いてくれたスカルスガルドに対し、ゲンズブールは友情を感じる。しかしスカルスガルドは童貞なのだ。彼がもう一度部屋に戻ってきた時点で俺は思わず吹き出す。しかしこの物語のラストは、こうでないといけない。最高に爽快感を与えてくれるラストに大爆笑必至。

いわゆる、「いいじゃないのぉ、だめよ、だめだめ」

まあ、4時間はさすがに長すぎで、まあ、Vol.2だけでもかなりのボリュームだし、VOL.1は見なくてもよいかもしれないが、我慢した分だけの爽快感はある。

追記1

やはりトリアーの映画なので、キリスト教なやり取りもあるのだが、この映画では、「園子温」の映画っぽくて面白い。

また、顔がボコボコのゲンズブールとスカルスガルドのやり取りは、まるで「エクソシスト」のメリン神父とリーガンのやり取りのよう。
スカルスガルドはメリンを演じたことがある点や、「こじらした童貞」スカルスガルドからすると、主人公のそれは悪魔的な行為であり、神父と悪魔の対決って、現実問題、結末はこうだよね。

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「エクソシスト・ビギニング」のメリン神父(スカルスガルド)
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こちらは「エクソシスト」のメリン神父。
童貞からすれば、主人公は、悪魔であり、天使・・・か?
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また、主人公は、ようやく探し求めていた魂の木を見つける、というシーンがあるが、それはいびつで禍々しいのだが、その絵がこれ、メリンとパズズの像とのご対面シーンそっくり。
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「エクソシスト」で一番好きなシーンです
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追記2


パロディ、といえば、トリアーのイケない映画「アンチクライスト」のパロディもあるよ。
これも爆笑レベル。

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「ニンフォマニアック Vol.1」 真面目か!

「ニンフォマニアック Vol.1」
劇場公開日2014年10月14日
201508047




鬱でも変態でもどっちでもよいのだが、気持ち悪い「メランコリア」から待望(?)の新作。


うわさは聞いていたが、エロ映画の超大作。今回はその前編。

さて、本作、変態で名をはせ、女性蔑視だのなんだの、言われ、それじゃお望み通りのものを作ってやる、とか言ったか言わないかは知らないが、極めて、発想の陳腐なエロ映画、というのがVOL.1の鑑賞後の第一印象である。

VOL.1の幼少期から青春時代の主人公ジョーのエピソードは既視感満載。トリアーは変態ではなくって、まじめだから鬱になったのか。と思わせる。

いつの間にかエロ映画の定番曲になってしまった、ドミートリイ・ショスタコーヴィチのジャズ組曲第2番よりワルツ第2番を使ったり



セックスの最高の秘訣は愛とか、性に目覚めたのは、綱登りだとか直球を投げたり、魚釣りとか、数学とか、縦列駐車とかは、ジョークではなくって、トリアー、お前、マジでそう思っているだろ?


「真面目かっ?」

と逆にトリアーに、いままで変態扱いしてごめんなさい、とこっちがトリアーに申し訳が立たなくなってしまっているのに気付く始末。

むしろ、その中で逆に「愛を語る」というのはまあ、VOL.2への展開だったりするのだろうが、それでも、その展開は陳腐なんだよなあ。

VOL.1のラストなんて、あれだよ、

セックスが気持ちよくなくなった!!、VOL.2に続く!お前、園子温かよ。

なぜにシャルロット・ゲンズブール、というがっかり感はVol.2への猛烈なマイナス要素。
主人公の若いころを演じるステイシー・マーティンは素晴らしい。全然似てないけど。

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「ゴーン・ガール」 ネタバレ ベン・アフレックだからこそ!!あなたは心配しなくていい。

「ゴーン・ガール」
劇場公開日2014年12月12日

201508042


この映画を見て、「男は震える」とか「女のこわさ」とかのたまう御仁がいらっしゃるようだが、全く心配しなくていい。

本作は

「あなたの人生にはまず起こりようがないファンタジー」

だからだ。




あなたはベン・アフレックではないし、あなたの隣にいやいや寝ている生き物や空想の嫁は、ロザムンド・パイクではないからだ。




本作は、「惚れたモン負け」を描いた作品。
ニックに惚れてしまったエイミーのもがきあがいたお話。




お調子者で、どこかカワイイ、だが女性を扱うテクニックをしっかり備え、母性本能をくすぐるニックを演じたベン・アフレックの説得力がすさまじい。





華々しい脚本家としてスタートし、華やかな役者人生、セクスイーアクターとしての地位を確立したかと思えば、公私混合のデレデレから一気に転落、そこからの監督としての奮起、今では、ケツ顎とは呼ぶに呼べない映画人でもある。



本作でもケツ顎を隠してエセ誠意を見せる男前を演じる。




ニックは売れっ子美人ライターをたらしこんで妻にし、もともと才能のなかったライター職から退き、妻の名義で田舎に家を持ち、20代前半の学生を愛人にし、妹とも怪しい関係を見せる。女刑事にも、本当にぎりぎりまで心情的に味方になってもらえている。


世の中、惚れたモン負け、だから、関係が最後まで怪しい妹、女刑事、愛人の教え子、周りの女は結局ニックの言うとおりに動く。

君にできるかい?無理だろう?だから君の話ではないし、震えるだけ無駄なのだよ。勘違いもはなはだしい。

そんなニックに惚れてしまったエイミーは全身全霊でニックに対抗するしかないのだ。しかしその時点でエイミーはエイミーたるアイデンティティを失っていることに気付かないといけない。

それを象徴しているのが、エイミーのニックへの復讐計画。謎解きや根回し、下ごしらえなど、冷静に考えれば、実に「くだらない」、「ガール」なイタズラ。

潜伏ライフもみるも無残だ。自分で顔を傷つけ、顔を隠すことに無心するが、バレバレで、金もぶんどられる。負の精神を引きずっているのだ。当たり前の話だ。

しかし、エイミーは高校時代のストーカーに再会することで、「惚れ「られたもん」勝ち」のポジションを得る。その取り戻した美しさを見よ。

ここの経緯に本作の魅力が凝縮されている。
ところが、エイミーはニックのTVインタビューの達者な演技をみて。。。

血みどろの再会がなんとも妖艶だが、ニックの第一声は耳元で



「F**k you,Bitch」

どこまでもニックは強い。







「どうにかしてえへ、きみのなか、ああ、はいいっていいてえ」

とはB’zの名曲だが、本作はめんどくせえから、脳みそ見せろや、という。

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ここで終わってればいいものを、後半の蛇足感がはなはだしく、そこは大きくマイナス。

追記

gone girl

gone
失踪した、死んだ、逝っちまった、そして、「自己を見失った」。
girl
自己を見失った、恋まっしぐらお嬢ちゃん」といったところだろうか

また
「自己を取り戻し、ニックのもとに戻るエイミーのなかの「girl」は「gone」。」の意味もあろう。


猫まっしぐらなカリカリも出るよ!

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「(500)日のサマー」 18歳未満(だと思う人)禁止

「(500)日のサマー」

劇場公開日2010年1月9日
201507252


この映画、時系列をあっちゃこっちゃばらばらに並べてるんだけど、効果は特にない。男と女っていつだって喧嘩もするし、べたべたする。


でもきっと、チャプターで一生懸命時系列で追う人がいるんだろうな。ご苦労様です。

それはさておき、この映画の好きなところは、運命も偶然も答えを出していないところ。後悔することが決してふられた男にとって、先の糧になると決して言っていないところがリアル。

しかし、悲しいことに、男はたいがい後悔を糧にしようとするんだけどな。


だけど、サマーとの関係以外は、恋に破れて、落ち込み、やがて奮起して幸せを掴む、みたいな、おいおいなんじゃそりゃ、なファンタジーなお話。

どうせなら、会社を辞め、建設会社に入ったあと、振られるほうがリアリティあり、楽しいのにな。


社会人で、恋愛妄想に浸る主人公はどうかと思うが、精神年齢18歳未満だと思えばいい。しかし多くのレビュアーさんが言っているように、あーあの時オレもそうだった、って振りかえって楽しむ映画なので、主人公のような人は、サマーのような子に恋してしまったら、ヤレても、自分がハンソロに見えたり、踊ってはいけない。とにかく技を磨こうな。

これ以上書くと、恋愛マスターかと知人に笑われるので、やめとく。

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「アバウト・タイム 愛おしい時間について」 なんでもないようなことがぁ♪

「アバウト・タイム 愛おしい時間について」
劇場公開日2014年9月27日

201507233

THE虎舞〇のほうが先にこの映画のテーマを先んじていることにほんのちょっと日本人として誇らしく。


本作、途中で何気なく、結構重要なことに気付く。

「この映画、タイムトラベル設定、要るかぁ?」

果たして主人公のタイムトラベル能力が彼の人生を変えただろうか?

最初の彼女との出会いブラインド・デート喫茶?みたいな、は、まず相手が見えない、けど話は盛り上がった、実際会ってみると、想像以上にかわいく、彼女のほうも、こっちの印象はまんざらでもない。すべてはここからスタートしている。これ以上ない劇的な出会いなのだ。

決定的に勘違いしている人がいるが、そもそも彼は非モテではない。

トラベル家系で当たり前だが、優秀な家系の、タイムトラベル能力に頼ってではない弁護士になれた頭脳、長身、英国ルックも決まっている。トラベル能力の後押しか、妙であれ、度胸もある。

最初の初恋の相手が合わないだけだったのだ(後でそれもひっくり返されるが)

ちょっと考えれば、過去に戻らなくても、ケイト・モス展にいけば、彼女に会えるし、彼のルックスとキャリア、誠実さなら、軽めの彼氏から彼女をぶんどることも可能なのだ。

初めての夜を繰り返すことで、性的相性を良くしたわけでもないしね。(実際は同じ熱意で何回もイケないが、その分、時間と体力とベットから転げ落ちるぐらいのアクロバティックな行為になるのは同意でニヤリ。)

妹の件も結局事故は避けられず、彼女自身の改心をもって、彼女の生き方を変えるきっかけになっただけだ。

注目すべきは、戻ってもよかろうときに戻っていない点。

結婚パーティの大嵐。日程を変えたり、場所を変えたりして、やり直すこともできる。だがそれはしない。本当に楽しいときは、ちょっとした災難も、楽しい思い出になる。ということだ。

また同じことを繰り返しても、決して満足はしない。新たな生命、新たな時間を優先する。

何でもないようなことがぁ、の歌詞通り、毎日を生きることで明日がある。まずはここがこの映画のポイントの一つ。

ずいぶん回りくどい映画だが、そもそもこの家族、他人はものすごーくうらやむだろう程に超幸せなんだから、どうしてこの家族を設定にしたのかが、この映画のもう一つのポイントだろう。

それはやっぱりタイムトラベルで幸せになってはいけない、ということだろう。

え、訳が分からない?

タイムトラベルが幸せにしてくれたんじゃあない。自分の努力が、隣の妻の励ましが、妹の兄を思うやさしさが、家族を幸せにしてくれるのだ、と主人公は知っている。幸せ絶頂の時は、タイムトラベルはしないが、父との別れという最大の不幸もタイムトラベルでは結局解決してくれない、ということに第3子の選択とともに気づくのだ。

だが、その帰着点も、

「いやいや、さんざんタイムトラベルして、父との時間をさんざん満喫したでしょ?」

と突っ込めば、それはそれで、なんて贅沢な幸福家族なんだ、ということにもなるので、その点は苦笑するしかないんだけどね。

追記1

ABOUT TIME
「時間について」「そろそろ時間」
そろそろ、、、うーん、深いなあ

追記2

The Luckiest /Ben Folds

And where was I before the day
That I first saw your lovely face?
Now I see it everyday
And I know
 That I am I am I am The luckiest

この映画に感動する人は、自分も幸せなのだ、と認識するから感動するのだと思う。そういう意味では「愛おしい」な作品だと思う。



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